Exhibition展示案内

展示のスケジュール

孵化

2026.07.15Wed - 07.23Thu

豊田 慶記

写真とは ”ありのままに記録するもの” というイメージがある。これを前提とするならば、この写真の世界がたしかに存在していたのかも知れない。
そのように想像力が孵化する瞬間を目の当たりにするのは楽しいものだ。

本展示は2021年10月(大阪展では12月)にFUJIFILM Imaging Plaza で開催された写真展『孵化』 の続編となります。FUJIFILM GFX50Rの電子シャッターを使用し、露光中にカメラ動かすことで 生じる”ローリング歪み”を表現として利用しています。
ローリング歪みとは、CMOSセンサー(デジタルカメラの、撮像センサーの種類のひとつ)で、 電子シャッターで撮影する場合、一度に全画面のデータをキャプチャするのではなく、画面を端 から順次走査(スキャン)していくのが一般的です。この仕組み上、走査の始端と終端でタイム ラグがあり、これにより撮影対象が動く場合には歪んで記録されます。この現象を”ローリング歪 み”と呼びます。

千 僕の知らない鎌倉Kamakura Revisited 5

2026.08.19Wed - 08.29Sat

栗田 尚

「千」という文字は、人が触れ得る最大を示しながら、それでもなお尽きぬことを願う思いのかたちでもあります。
鎌倉は、歴史や記憶、信仰や暮らしの痕跡が幾重にも重なり、千回も上書きされてきた土地です。私は、瞬間に差し込む光、失われたものが残した痕跡、名を持つ前の静かな影をひとつずつ見つめながら、大きな物語の背後に沈んだ、言葉にならない気配を写そうとしています。その本質は、無数の細部のなかに沈黙として宿っているのだと思います。

7 3 7九 嶺 の 憧 憬

2026.09.03Thu - 09.05Sat

K O S E I

「 7 3 7 」
九嶺の人は皆その意味を知っている

九嶺市の郵便番号
市のシンボルたる独立峰 灰ヶ峰の標高
幾度となく思い起こした3桁の数字

九嶺に生まれ、九嶺で育って生きてきた
漫然と日々を過ごした小中高
やりたいことは特になく気晴らしに散歩に耽る毎日
豪雨災害の復旧を待った大学時代
コロナで何もかもが「わや」になった就職活動
世の波に揉まれ挫折した社会人生活
夢を追い上京を決意したあの日
いつもそこには当たり前の九嶺の街があった

そして現在
離れたからこそ今なら分かる
故郷があるという意味
当たり前だけど当たり前ではない事

あの頃、漫然な目で見ていた故郷を今度はしっかりと見よう
僕は今年も九嶺に帰る

暗 闇 で 手 を 伸 ば すトナカイ (松本 慎一)

2026.09.16Wed - 09.24Thu

松本 慎一

カラーネガフィルムを暗室で手焼きするとき、作業は全暗で行われる。手探りで遮光袋から印画紙を取り出し、引き伸ばし機のうえに置き、ほんの数秒、ネガを通過した光を焼き付け、ふたたび手探りで印画紙を掴み、現像液に浸し、1分後、定着液に移す。明かりをつけ、印画紙をひっくり返すと、ようやく像が現れる。それは記憶を呼び出す儀式のようだ。私は過去のネガフィルムに光をかざし、埋もれていた記憶を焼き付けはじめた。暗闇で手を伸ばすように。



"Reaching into the Dark"


When hand-printing color negative film in the darkroom, the work is done in complete darkness. You feel your way into the lightproof bag, draw out a sheet of paper, and place it beneath the enlarger. For just a few seconds, light passes through the negative and burns into the paper. Then, by touch again, you lift the paper, slip it into the developer, and after a minute, move it to the fixer. You switch on the light, turn the paper over, and finally — an image appears.

It feels like a ritual for summoning memory. I began holding my old negatives up to the light again, burning the buried memories back in. Reaching into the dark.

ワンワンランド- 犬と共に -

2026.10.14Wed - 10.22Thu

周 俊智

私は、犬たちに守られて育った子どもだった。
幼い頃、祖父が飼っていた「花花」という小さな土犬がいた。彼女はとても賢く、私が1歳になるまでは、いつも私のそばにいて危険から守ってくれていた。でもある日、彼女は姿を消してしまった。
その後、祖父はもう一匹の小さな土犬「発仔」を迎えた。私は彼と一緒に遊ぶのが大好きだったけれど、彼は私の幼稚さを嫌がり、なかなか相手をしてくれなかった。それでも発仔は、私が10歳になるまで一緒にいてくれた。
10歳の夏、夏令营から帰ると、彼はいなかった。熟した鶏肉を食べて骨が腸を傷つけ、臓器不全で亡くなった。その瞬間、私は初めて「自分の家族がいなくなった」ことを、はっきりと理解した。
それ以来、私は道を歩く犬と人の姿を撮るのが好きになった。レンズ越しに、昔の花花や発仔、そして幼い私を見ているような気がするから。

今回展示する写真の一枚は、2024年4月に撮影した、花農の飯田さんとラブラドールのエースだ。再び訪れた2025年6月、エースはもういなかった。春の桜が咲く頃、静かにこの世界を去っていた。
そのことを知った私は、深い悲しみに沈んだ。この「ワンと共に」を続けていいのだろうかと、何度も自問した。幸せだった瞬間の写真が、かえって人々の心に痛みを呼び起こしてしまうのではないかと、怖くなった。

しかし、しばらくの迷いのあと、私は再びカメラを手に取ることを選んだ。
この写真を残したいから。
飼い主だけではなく、多くの人にも知ってほしいから。
いつかここに、幸せな犬と人が確かにいて、犬の鳴きまねをする不思議な人間が、そっとシャッターを切ったということを。